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    • 2013.02.18 Monday
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    4月11日2時46分 黙祷ーもくとうーあれから一ヶ月過ぎたあの日・・・

    1
     

    この日、目前に迫ったイベントの準備をしながらも 


    物資庫の中には みんな共通の思いがありました・・・。



    震災、そして、大きな津波、町中を火の海にした大火災・・・。



    あれから 一ヶ月・・・。



    口に出さなくても同じ思いがあったのは 空気でわかりました。



    そして 同じ時刻になる 少しまえ



    全員で集まり 黙祷の時刻を待ちました。



    あれから一ヶ月・・・。



    静かに待つ みんなのもとに 


    黙祷の時刻を告げるサイレンが鳴り響きました。



    『黙祷』


    普段はふざける高校生も みんな真剣に黙祷を捧げます。




    亡くなった 家族や友人知人を思って・・・。



    そして いまだ 発見されない家族や友人知人を思って・・・。



    黙祷を捧げた後、


    みんなは 残りの時間、黙って作業を続けました。


    しかし、その目が 赤くなっていない者など 誰もいませんでした。




    復興とか 再建とか どうすれば良いのかなんて 

    一市民のわたしにはわかりません。

    テレビを視ても 新聞を読んでも わからないことがたくさんあります。


    でも 

    ここで泣いている人たちが

    笑える町に戻らなきゃいけないんです。



    ここにいる市民ボランティアのみなさんは 

    こんな考えもつかない つらいことがあったのに

    気仙沼のために毎日、寒い中で作業を続けているんです。


    みんなが笑える日、その日を目指さなきゃいけないんです。


    気仙沼市民は ひとつでも自分に出来ることを探して動いている。


    それを この 物資倉庫で わたしは感じました。




    追伸:企業のブログとして不適切な表現が含まれていました事を心よりお詫び申し上げます。

    しかし気仙沼市民ボランティアの心情を上手く表現する言葉が見つからず

    このようなブログを書かせていただきました。

    みんな 立ち上がろうと 一生懸命なんです。

    必死でもがいているんです。

    全国の皆様に 是非、その気持ちをくみ取っていただければ幸いです。


    ボランティア7日目〜引き際〜

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       姐さんが気仙沼での最後の日(4/11)を迎えました。

      『有給残っているでしょ!青空市(仮)見てから帰りなよ〜!』

      冗談半分で しかし できることなら 姐さんにいてほしい 

      その思いから 思わず 出た言葉でした。


        姐さんは笑って

      『帰ったら きっとデスクが山になってるから無理だよ〜。』

      すごく一生懸命に こんな私をサポートしてくれていた姐さん。

      たまに口から出る『いいなあ。私も見たいなあ。』という台詞。

      あれは、私に話を合わせているだけ?


      ・・・・・・・・・・。


      しばらくして 姐さんの本音を耳にしました。


      ・・・・・・・・・・。


      『本当は残りたいけど、私の後に来る中に女性職員もいて 

      私がいるとやりにくいだろうから・・・。』



       私は、ハッとしました。私より 少しだけ年上の姐さんが 

      そこまで考えている・・・

      なんて私は 自分勝手なんだろう。

      浅はかな自分の考えに 本当に恥ずかしくなりました。

      『次に来る人も自分で志願してきているから!だから 

      きっとがんばってくれるし 私もしっかり引き継ぎ書くから』



      そういう姐さんに もう何も言わないと 決めました。



       昼が近づき 新しい職員の方が到着し 引継ぎと挨拶を済ませた後・・・




       姐さんが 去る時間が 近づきました。



      私は自分の作業に没頭していましたが 気が付くと目の前に 

      すでに涙で目を濡らした姐さんが立っていました。



      『逢えてよかった。』 姐さんがそういいました。



      『泣かないでよ。』 私がそういうと 一瞬、二人で抱き合い




      ・・・  ・・・  ・・・





      ・・・私は 自分の作業に戻りました。



      涙は流れたかもしれない。

      でも すぐに作業に戻ったのは 

      姐さんがきっとそれを望んでいると思ったから・・・。

      私たちは 友達を作りにきたわけではなく 

      災害のためのボランティアで なおかつ 私は リーダーだから・・・。

      姐さんは 他県でありながら 志願して災害地に入った 

      数少ない女性行政人だから・・・。


       姐さんを遠目に見送りましたが わたしは作業を続け・・・ 




      休憩時間に 車の中で泣きました。


      いつもは 休憩時間には ボランティアさんの話を 

      なるべく聞くようにしていましたが・・・


      今日は もう限界でした。


      嗚咽(おえつ)をあげて全ての感情を吐き出すように・・・




      わたしは 泣きました。


      休憩が終わる頃、『お前、顔酷いぞ!化粧直してからこいよ!』 と 友人。


      はい。おっしゃるとおりでございます。

       

       化粧を直しながら こんなに泣いたのは何年ぶりだろうと ぼんやり 考えていました。




       頭の中で



      『姐さん、ありがとう。』 

      そう つぶやいて わたしは 彼女のことは しばらく忘れることにしました。

      感傷に浸っている暇は ありません。

       


       車を降りる前 バックミラーに向かって微笑みました。

      『まだまだいけるじゃん。(うそうそ)!』 

      その笑顔のまま わたしは みんなの元へ 戻りました。



      青空市(仮)まで あと2日・・・。


      追伸:姐さんと別れてから すでに一ヶ月が過ぎようとしています。

      それでも 彼女はわたしの一番の理解者であり 一緒に戦った同志です。

      あなたがいたから あなたと離れてからも頑張れた。

      あたながいたから わたしは仲間を作ることができた。

      佐賀県庁職員副島さん 本当にありがとうございました。

      尊敬と敬愛をこめて・・・。

      ボランティア6日目〜青空市

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        大きな余震がありましたが、停電と一部の断水で 夕方には電気も回復した 次の日、大きな決定事項が ありました。

          もしかしたら…で行政の方から話があった『青空市(仮)』本日、正式決定しました。

         全国から送られてきた 善意である衣料品を中心とした物資を広く気仙沼市民に届けるため 青空市を開催するそうです。

        そう 言うと聞こえは良いのですが…私はあまり賛成では ありません

        広く…といっても 山の上の方にある 会場には一定の方しか参加出来ません。
        『これってホントにみんなのため?』疑問ばかりが残ります。

        でも 震災後、暗い話題ばかりだった気仙沼に少しでも 楽しい事が出来ればみんなの笑顔も見れるかもしれない。また 毎日、地道な作業をしてくださっている ボランティアの方にも良いのかも知れない…

        心はふたつに別れます。
        でも、決まったことは変えられないのなら せめて有意義にしたいよね。


        私の目標は

        『ひとりでも多くの方にひとつでも多くの物資を!怪我なく事故なく楽しく!』


        出来るかな?


        いいえ。必ず そうしなくては!


        〜詳細〜
        日時:4月13日
           10:30〜14:00
        会場:気仙沼西高校
           グランド内にて
        配布品は全国から送られてきた主に中古衣類、靴ですが、下着類は新品のものをご用意しています。また、クロックスも各サイズ新品のものを用意しています。



        ※当日は たくさんの方に来ていただき    ありがとうございました。

        みんな 被災者

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           物資庫の中には いろいろの立場の方がいます。

          市の行政人、他県市町村行政人、自治連、JC、企業ボランティアの方々、そして市内の市民ボランティアの皆さん。

          ここで大きく分けられるのは 同じ場所で同じことをしていても サラリーが出る人と出ない人がいます。 


           そして もうひとつの分け方、市内在住か そうでないか・・・。

          わたしは当初、前者の分け方で区別していました。

          しかし、男性の業務は いろんな立場の方が 入り乱れていますが 女性の業務は ほぼ、市内の市民ボランティアの方で占められています。 


           その中で、 わたしは彼女の話を聞きました。

          彼女は わたしとそれまで 意見が合うことは ほとんどありませんでした。

          彼女の家は 震災時、取り残され クレーターゾーンのような地域でした。彼女が 震災時に経験したもの 見たものは けして 他人の私がブログに乗せることができないほど 悲惨な 内容でした。

          そして 彼女は その中から 公僕としての使命を果たすため 現場で仁王立ちになっていました。震災から 一ヶ月が過ぎようとするこの時期まで 彼女は 一日も休まず 化粧もせず 今までとは 全く違う仕事を こなさなければいけない。彼女は がんばれば がんばるほど 周りと壁を作ってしまい 孤立していったのが 今では手に取るようにわかります。

          『本当は、話したくなかった。』 彼女が言いました。

          『話してしまったら 私は崩れてしまいようで・・・。』 

          彼女の 本心だと思いました。


          これは 二次災害だ。 そう思いました。

          それも 人が招いた人的二次災害だ。 そう思えて なりませんでした。


          彼女が最初に本音を漏らしたときの言葉は忘れません。

          『本当に どうしていいかわからない。』


          彼女はずっと あくまでも行政である立場は 貫いていました。

          それは とても辛い事だったと思います。彼女の頑(かたく)なな その思いは 人には通じず 不協和音を生んでしまったことを 誰が攻められるでしょうか。


          そうです。

          彼女も被災者なのです。そして 市内のボランティアさんは

          みんな 被災者なのです。


          なぜ こんなこと 最初から気が付かなかったのか・・・。

          私は 自分を恥じました。


          そして この瞬間、ここでの私の役割が見えてきました。



          みんなの話を聴こう・・・。



          わたしにできる ここでの役割は みんなの話を 聴くことだ。

          少しでも 一人でも多く心が軽くなれば・・・。


          ・・・。・・・。・・・。


          この日を境に わたしと彼女の関係も変わりました。

          私はみんなの前で あえて彼女をからかいながら いじめました。

          『すみませーん(汗) おっしゃるとおりでございます!』

          彼女のこの台詞は 現場の流行語となり 彼女と 笑いながら話す ボランティアさんも増えました。


          彼女の笑顔が見れたとき

          『これだけでも ここに来た意味があったかな?』

          と ちょっとだけ 思えました。


          しかし 上には上がいます。

          この後、ものすごい ミスター行政がわたしたちを待ち構えていました。




          ボランティア3日目〜出逢い〜

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             彼女が現れたのは その日(4/7)の昼ごろでした。

            『こちらはボランティアのリーダーさんです。』

            え?わたし、リーダーだったの?

            いつの間にか そういうことになっていたみたい・・・。

            『よろしくお願いします。』

            そういった彼女は、上下作業着を着て ショートヘアに帽子をかぶる

            やる気満々スタイル。

             しかし、他県であっても 行政・・・それも県庁職員です。

            公(おお
            け)の人間だと思うと わたしは少し冷めた目で彼女を見ていました。


             彼女に 今までの経緯、現在のやり方、物資庫内に連立する支持

            令系統の不安定さ・・・。


             話し終わった後、わたしは彼女に仕事をお願いしました。

            それは フォーメーションが崩れたブースへ 作業工程の説明と作業場の構築。

            『わたしが話しても聞いていただけないので・・・。よろしくお願いします。』


             所詮、できないと思っていました。

            大体、わたしの話も理解してくれているのだか どうだか・・・。


             ところが・・・彼女は完璧にこなしてしまったのです。それも 自分も一緒に

            なって 作業を進めながら・・・。 

            上から見下ろすような態度もなく ボランティアの皆さんに 敬意を払ってい

            る風にすら見えました。


            ・・・わたしとは 人間の器の大きさが違う・・・


            この時から少しだけ年上の彼女に敬意を払い 心の中では『姐さん』

            と呼ばせていただく事にしました。


             姐さんは他県庁職員で 今回は女性でありながら 志願して被災

            地に入ったそうです。

            また、宮城県庁に 人材の派遣を申し出た際、公的人材不足である

            のが 気仙沼市だと言うことを耳にし わたしは肯定と不安感の両方

            感じずにはいられませんでした。


             姐さんは それまでのわたしの話を総合し、『わかりました。』

            そういうと 元々いる 他の行政職員に話をしてくれました。

            その話し方のストレートなこと・・・。私ですら ドキマギしていましたが 

            時は有事です。

            のんびり 根回しなんかしていれないのも真理です。

            わたしが 話したときには 全く相手に されていなかったのに 彼女が

            話すと 全く反論することなく 受け入れられていきます。



            『私が行政との橋渡し役になるから!』

            姐さんから言われた一言は どんな武器よりも どんな盾よりも

            私を守ってくれるように感じました。



             市の職員より 県の職員のほうが 偉いんだぁ。しきりに感心してい

            ると 彼女は『そんなことないですよ!県は市の職員に 使われてい

            るんすよ!』そう言って なんとなく二人で笑いました。



             わたしは二人目の強い見方に出会うことができました。 

            『幸運(ついてる)!!』

            どんな状況でも 人にさえ恵まれれば どうにかなります。


            日一日と 雰囲気が良くなる物資庫。女性ボランティアは 

            まとまりつつ ありました。


            しかし、私はこの時点では 最大に大切なことに 

            気付いてはいませんでした。


            ボランティア2日目〜戦闘開始〜 わたし・・・嘘つきなんです・・・

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               二日目の朝(4/6)、ボラセンで登録を済ませ 送迎バスに乗り込むと 隣の席に

              同じくらいの年の女性がいました。

              普段から 眼が合うと 話しかけてしまう 悪い癖がある私は 早速、彼女と

              おしゃべり!

              なんとなくこの人とは 馬が合いそうだな〜そう感じていました。


               物資庫に到着すると 大きく深呼吸をして・・・私は嘘をつきました。


              『先ほど、係りの方から言われて 今日からやり方を変えてほしいそうです。』


              ボランティアの皆様、すみません。本当にごめんなさい。あれ、うそです。

               

               本当は自分で考えたやり方です。もちろん、前回の経験を考慮に入れてですが 係りの方には何も言われていません。それどころか 係りの方が 誰なのかすらわかっていませんでした。

              前日、個人的にやり方を変えませんかと提案はしたのですが 見事にかわされ 聞いてはいただけませんでした。


               前日までの 一人が1から10まで完結する方法ではなく 基本的に流れ作業で 一人一工程を目安に 段ボール等の配置も変え フォーメーションを作りました。

               するとやはり 大幅に作業効率が上がり 昨日一日分の出来高を二時間かからずに 終わってしまいました。ただ このやり方だと とても疲れやすく 若い方は良いのですが ご年配の方にはちょっと不向き・・・。休憩を多めに取ることで対応しましたが 不満が出ることは覚悟していました。


               三箇所あるグループのうち一箇所がうまくいくと 午前中のうちに三箇所ともやり方を変えることができました。


              もちろん、心の中では 謝ってますよ!『嘘つきでごめんなさい!!』


              そんな時、ボランティアを管理しているA氏より声を掛けられました。

              『まずい!怒られるかな?』でも文句言われたら 言いかえそう!!あんたの管理が悪いんだよ!!って!!


              しかし、A氏からは意外なことばをいただきました。

              『ありがとう!助かりました。』

              ・・・え!・・・

              すっかり 注意されると思っていた私は拍子が抜けてしまいました。

              『他にも 意見があったら教えてください。会議に挙げますから!』

              本当に びっくりしました。


               そして このA氏より ボラセンが複雑な状態であること 物資庫の複雑になりすぎた管理体制を聴き 驚きました。これによって場内の殺伐とした雰囲気や怒声が飛び交うことや 指示が二点、三点する理由も納得できました。


               みんな 大変なんだ・・・。不協和音だったこの現場には そうなるだけの理由があったのです。




              被災地気仙沼 ボランティアとしてのスタンス〜(きんとと)

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                こんにちは!気仙沼麺の丸光こと丸光食品スタッフきんととです♪


                 1日目の作業を終え 私は悩みました。このボランティアセンター(以下、ボラセン)に 自分は必要なのか?単純作業が 嫌な訳ではありません。阪神淡路〜でも 同じように 仕分け作業を行っていました。
                 でも、不効率なやり方を 変えようとしない現場。苦情があっても 仲間内だけで悪口を言う ボランティアさんたち。
                 子どもを預けてまで 参加したボランティア。
                1週間だけ・・・。そう決めてきたのに 無駄な時間は 過したくない。
                 
                 災害ボランティアの中には 個人や仲間だけで活動している方もたくさんいます。地元の方に迷惑になっているボランティアもいるそうですが 枠にとらわれず 必要だと感じたことを 自己完結の形で作業されている方の気持ちが 少しだけわかる気がします。『介護職のキャリアを生かして介護施設や養護施設でボランティアしたほうが良いのでは?』
                 
                 そして、色んな面で立ち遅れているように見える 気仙沼・・・。私たちはどうすることもできないのか?なにか方法はないのか?
                 しかし、ボラセンの内部にすら入れなかった私たちにいったい何ができるというのか?
                『みんな努力している。それでもなかなか変わらない。きんとと一人がやったって簡単には変わらない。』専務の奥さんに言われた一言が 心にずしんときました。

                確かに 私一人がわめいたところでいったい何が変わるんだろう。悲惨な情景と劣悪な環境を見すぎたせいかも知れません。どうにかしたい。やっぱり 何とかしたい。
                 
                一晩、真剣に悩みました。
                朝になっても はっきりとした結論が出せずにいました。
                『今日はどうするの?』
                そう聞かれ 私は結論を出しました。
                『ボラセンに行くよ。』
                ・・・・・・・・・

                 個人で好きなボランティアをやるのは 自分が満足したいから!そんな気がしてなりませんでした。
                組織の中では 思うように動きが取れないのもわかっていましたが 組織が変わらなければ何も変わりません。1週間でどこまでできるか?何もできずに終わるか・・・
                『これって博打だな・・・。』 そう思いながらも 心では真剣に勝負する覚悟はできていました。
                ボランティア2日目。
                私は 戦闘態勢に入りました。

                きんととのつたないブログにお付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _)m
                誤字脱字等、ありましたら随時、編集致します。


                気仙沼の明るい場所〜気仙沼養護施設〜(きんとと)

                0
                   こんにちは!気仙沼麺の丸光こと丸光食品スタッフきんととです♪


                   今回の震災では 震災孤児が数百名を越えるのでは?という ニュースが何度となく流されました。
                   気仙沼市では どうなのだろう?

                   気仙沼市は養護施設が家庭支援センターの役割も兼任されていて 以前にも訪れた事があり ご迷惑かとも思いながらも 訪問させていだだきました。

                   急勾配を登ると 子どもたちの元気に遊ぶ声が聞こえてきました。まるでそこは 別世界のようでした。

                   ボラセンの仕事に正直、がっかりしていた私は 他に自分が出来ることはないか?養護施設や老人ホームに直接、ボランティアに行った方が有意義なのではないか?
                   私は悩んでいました。

                   今、気仙沼では 誰かに会うと 震災時の話になります。
                  あの時、だから助かった
                  だから間に合わなかった
                  悲しい話ばかりに 逃げ出したくなります。

                   そして、気仙沼市の震災孤児は…
                  今の時点では、0人とのことでした。これは 死亡でなくても行方不明の場合でも 震災孤児とカウントするそうですが…。

                   施設側では、本当に0人なら嬉しい。しかし、もしかしたら 親戚や近所の方が預かっていて 数字として 揚がってこないだけかもしれない。

                  でも、現時点では0人。
                  これが いつまでも続けばいい。
                  そう 祈るしかないですよね!

                   元気な子どもたちの遊ぶ声を聞きながら 施設を後にしました。

                   次に訪問するときは たくさんのお菓子を持ってくることを約束して♪


                  きんととのつたないブログにお付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _)m
                  誤字脱字等、ありましたら随時、編集致します。
                  今後も丸光食品共々、よろしくお願いいします。
                  被災地応援ファンド→ http://bit.ly/jOH0ES

                  被災地気仙沼 ボランティア活動 3 初参加(きんとと)

                  0
                    こんにちは!気仙沼麺の丸光こと丸光食品スタッフきんととです♪


                     実は今回、私がボランティアをすることを大学時代の友人に話すとわざわざ他県から 手伝いに来てくれていました。

                     約1ヶ月前、はじめてのボランティアは9時にボラセン集合とのこと。少し早めに 友人と向かいました。

                     駐車場には沢山のボランティアさんが集まり 参加する内容が発表になるのを待っています。
                    『それでは〇〇に参加する人〜。』
                    え!朝礼も無し?
                    仕事は掻き出しか仕分けのみで 友人は地元からシャベルまで持ち込んで 掻き出しする気満々でした。が 阪神淡路〜で仕分けをやっていた私は『仕分け行こうよ』と 無理矢理仕分けに誘い いざ、物資庫へ…。と、
                    簡単には行かず…なんと 人選に1時間近くかかり 送迎バスに乗れたのは大分後になってからでした。
                    バスの中で自己紹介のシュミレーションなどしながら会場に到着すると…
                    『はい、好きなところで作業してください』

                    え…え…あいさつは?自己紹介は?

                    ……皆さん、忙しいですものね…しょうがないですよね……

                    極々、控え目に挨拶をし、今日が始めてなので!と 他のボランティアさんにやり方を教わりました。
                    でも、そのやり方がものすごく不効率…。

                    え?いいの?このやり方で?

                    みんな疑問に思わないの?

                    でも、私もここでは新人。皆さんと足並みを揃えるのも大事ですよね!

                    な・ん・て…。

                    不効率なんて 良いわけない!

                    だって 物資を待っている人がいるはず!
                    このままじゃ いけない。
                    でも 私に何が出来るのだろう。

                    この時の私は 物資を待っている人がいることを信じて疑いませんでした。
                    仕分けた物が 中々被災者の元にいかないなんて 考えもしなかったんです。
                    その日は15時に作業を終え、ボラセンへ向かうバスに乗りました。

                    終令がなかったのは、言うまでもありません。

                    きんととのつたないブログにお付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _)m
                    誤字脱字等、ありましたら随時、編集致します。
                    今後も丸光食品共々、よろしくお願いいします。

                    被災地気仙沼での出逢い〜縁〜(きんとと)

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                      こんにちは!気仙沼 麺の丸光こと丸光食品スタッフきんととです♪


                       気仙沼市内で 早い時点で 店を開けた『クボホームセンター』
                      何でもあるわけではありませんが 想像していたよりも 品物があることに驚きました。
                      友人が買い物している間、何の気なしに行方不明や学校などのお知らせを眺めていました。『今はどこに貼り出すより買い物ができる場所に貼るのが一番、目に入るのかもしれない。』そんなことを考えていました。

                       ふと気がつくと 高齢のご婦人が小さなリュックに尿取りパットを入れようとしていました。どう考えても無理だろうなぁ。
                       ずっと見ているとご婦人は諦めたように肩を落とし 雪が降り始め 薄暗くなった外に向かい 傘を差して歩いていきました。
                       一瞬、声を掛けようか?悩みましたが それと同時に 被災地で増えている強盗なんかに間違えられたら嫌だな。馬鹿馬鹿しいかな?第一、車があれば 余計なお世話かな?
                       今、思うと この時の私はまだ、ストッパーが外れていなかったと思います。
                       買い物が終わり しばらく走ると 先程のご婦人が歩いていました。『どうしよう。乗せていきたい。』友人は、どちらでもいいと言いましたが どちらかというと反対?という 空気をかもし出していました。
                      確かに…一人を助けても 何が変わるのか?
                      でも、でも…目の前の一人を助けられない人間がいったい 何が出来るというのか?
                      この時、私のストッパーが外れました。
                      『ごめん。やっぱり、声掛ける。』急ブレーキを踏み 私はご婦人の元に走りました。
                      『良かったらお送りしますよ。』
                      余計な言葉はいりませんでした。
                      お話を聴くと…『津波で家が崩壊し、避難していたが 主人が体調を崩し、避難所から10前幣緡イ譴辛賊,貌院してしまった。病院から尿取りパットを持ってきなさいと言われたが 4軒、薬局を回って やっと二つ買えた。これから また 歩いて避難所に帰ると思うと…。』ご婦人はここで 涙で声を詰まらせていました。
                      ボラセンでは、物資は余っていて 特にオムツ類は沢山あるはずなのに…。
                      ご婦人に避難所に言うと物資を受け取れる事を話し 別れました。私達のような年の離れた者に何度も何度も頭を下げ…
                      そして、拝みながら…。
                      切なさよりも 悲しさよりも 私は憤りを感じました。

                      きんととのつたないブログにお付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _)m


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